1998年5月2日 広島サンプラザ

私ウエテツはこの日の事は一生忘れる事はないであろう。 まずこの日は殆ど奇跡みたいな日である。 この年の来日公演に私達の地元広島は

入っていませんでした。元々神戸公演が決まっていてなぜか急遽キャンセル。代りに広島が入ったって感じですね。これを知ったのが地元紙の中国新聞。

地元では有名なイベンター「夢番地」の広告でした。「マジで~超嬉しい。絶対に前の席で見たい!」そんな気持ちは当然のごとく、チケット発売の前日から

徹夜で並ぶ事を決意させるのでした。 

「物持ちがよいもので当時の新聞広告がギターケースの中に残っていました。我ながら感動!」

 

 

当時広島は電気屋のデオデオのチケット売り場とカワイ楽器そしてヤマハのチケット売り場で買うのが定番。

私達が徹夜で並ぶのに選択したのはカワイ楽器の前でした。デオデオの方がチケットの販売枠は多いのですが抽選で順番を決めるやり方だったので

純粋に先着順にチケットが買えるカワイにしたのでした。並んだのはきっと2~3月の極寒に土曜~日曜だったかな? 良平と友達2人の4人で並んでのかな?

でも恐ろしい事に私達よりもっと上手(うわて)の人が居て、私達は前日の晩10時ぐらいから行ったんだけど、その人はもう一日前から一人!で並んでた。マジスゲー!

 

そして一夜を明かし朝10時にカワイ楽器オープン。最後の2~3時間はホントキツかった。。。徹夜で並んだ事がある人は分かると思うけど。で、2番だった我々が

取れたチケットは残念ながら真ん中のブロックの4列目でした。その4列目を8席分買ったのかな。手前の1番だった人はブロックはやや左でしたが最前列を

ゲットしていました。ホント羨ましかった。。。 そして当日までテンション高めで過ごすのですが・・・某友達がイベンター夢番地の優先会員で

最前列をゲットしたという情報をキャッチ。 バンド関係の友達だったので私がメタリカが超好きなのももちろん知ってて交渉後、2枚のうちの1枚を

譲ってくれました。それも真ん中のブロックの最前列! 最強の喜びでした。 

「この日のチケットは記念にFLYING Vのバックパネルに貼ってアクリル板で閉じてあります」

 

 

そして時は流れ運命の日当日、気はハヤりライブ会場にもはやめに到着。当日広島はやや雨模様でしたが既に並んでる人も沢山居ました。一番前を見ると

カワイ楽器で1番に並んでたあの人がまた1番に並んでた。(並ぶの好きなんだろな~と思う) 名古屋の所で書きましたが、この日メタリカのメンバーを会える

「MEET & GREET」(直訳すると「会って挨拶」って事でしょうか)は決定してたので、以前新婚旅行でニューヨークへ行った時に思いきって購入したヴォーカル

JAMES HETFIELDのシグネイチャーモデル「JH-1」を持って行ってました。このギターにサインをして貰えるように。。 

 

「ESPから発売されたJAMESの初シグネイチャーモデルJH-1。世界限定200本中の104本目。NYのESPにて交渉の末、$2100で購入しました」

 

 

そして開場。当時は今のMEET & GREETと違って手前で会えるかライブ後で会えるか決まっておらず、確認する為にロビーに設置されてたMETCLUBカウンターへ。

そしてそこで名前とMETCLUBの会員番号を確認。少し待ってと言われライブ前にメンバーと会うと言う事を聞かされ、超緊張。 そしてMETCLUBのスタッフのニコラスに呼ばれ

バックステージへ。それもギターケース持ったまま客席の横を通り(客席に座ってた皆にかなり見られてた気がする。。。)ステージ横のドアから裏へ。。。

途中ニコラスにどうしてもJAMESに会いたい事告げると「大丈夫、問題ないよ。彼は来るから」と言って貰えた。(当時はメンバ-全員ではなく4人中2人に会えるのが

定番でした。) その時そこに入れたのは広島はなんとたった3人! 私と弟の良平と大阪から来た女性のみ。 今考えたらマジ少なかったね。今ならどの会場も

20人ぐらいは居ますので。 で、少し待つとJASON登場! そしてJAMESも登場。 この日JAMESに子供の水着をプレゼントし(彼の長女と私の上の娘は同じ年)

ギターにサインをして貰いながら談笑。こういう時ってなかなか言葉が出てこなくて困る。もちろん英語なのでもっとしっかり練習しておけばよかったと、後で後悔。。

そして写真を撮って貰い、夢の時間終了。3人しか居なかったのできっとほんの2~3分ぐらいだったと思います。 でも憧れの人に会える堪らない時間でした。

 

 

 

そしてまた客席を通ってロビーに。そこでMEET & GREET解散。 ギターを入口の貴重品預かりに預けてホール内へ。最前列へドンドン進んで行く。

この日の為に用意したバナー(旗)を持って。。。 そして最前列でライブを鑑賞。この日の広島サンプラザ。メタリカがライブをやる会場としてたかなり小さい規模の

キャパ5000人の広島サンプラザ。でも後ろの方やスタンドは空席が目立ち、後でMETALLICA.COMに書いてあった集客数はな・なんと2700人! 少なっ。。

メタリカのワンマンライブではクラブ会員限定のイベント以来ではきっとこの20年でベスト3に入る集客の少なさだったのではないでしょうか。。。しかし、広島近郊の

岩国の米軍基地から来たマリーンのお陰かライブ自体はまずまずの盛り上がりで最終的にはメンバーもイイ感じだった気がします。

「MET ON TOUR(METALLICAのオフィシャルツアーサイト)に載った最前列の私ウエテツ。この旗は東急ハンズで黒の布を買ってきて白いチョークで塗って行きました。制作日数5日ぐらいかな」

 

 

最前列で見たメタリカ。一番印象的だったのは最前列ってサイドのスピーカーから出る音ではなくメンバーのモニター用スピーカーの音を聞くので音質・バランスともに

最高に良い音でした。(現在はイヤーモニター全盛ですが98年当時はメタリカのメンバーはイヤーモニターを使っていなかった。)特にドラムとギターは生音も

聞こえてたと思うのでマイルドでメタルっぽい音ではなかったです。その方が聞きやすく自分好み。 そしてライブ終了後にビッグサプライズが。。。。

ライブ前に会ってて顔も覚えてたのでしょう。おもむろにJAMESがやって来て自分の付けていたリストバンドを私に手渡してくれました。 まさに感動!涙。。。

この日の事は他にも色々覚えていますが、書ききれんね。ライブ後にメンバーが広島のこの飲み屋に行ったとか、その後の雑誌のインタビューでJAMESが

ファンから子供の水着のプレゼントを貰ったって話した事が記事になってたとか(俺の事じゃないか!)、この日のライブのブート音源の事とか。。。(持ってます!)

そしてこのツアーが終わった後、METCLUBから送られて来る会報「SO WHAT」に私達のM&Gの写真が載っていました。この上ない喜びと驚きがありました。感謝。

とにかく私にとって素晴らしい日でした。当時26才の私が生まれて来て一番嬉しかった事でした。 

 

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